持たなくていい変なプライドを捨てる方法

 

自分を大きく見せようとする変なプライドは捨てたほうがいい。

変なプライドを持って生きる人生は、とても生きずらい様に思います。

 

そして

この変なプライドを持ち続けてしまうことで、

人は成長できなくなってしまう。

むしろ退化していってしまう。

 

変なプライドを持ってしまっている人の特徴

 

①人の意見に対してすぐに反論する。

②自分の意見が認められないと文句を言う。

③人に対して上からモノを言う。

④自分のやり方と違うやり方をしている人を批判する。

⑤変化を嫌う。

⑥自慢話が多く人の話には耳を傾けない。

 

変なプライドを持っている人は、基本的に人の考えや価値観を受け入れません。

それなのに、自分の考えや価値観は人に押し付け

それを受け入れない人に対しては、敵視します。

 

なぜ変なプライドを持っている人は、

それを手放すことができないのでしょうか?

 

そもそも、なぜ変なプライドを持つようになったのでしょうか?

 

変なプライドを持っている自分とは、かりそめの姿でです。

かりそめの自分でいる事で、本来の自分を隠しているのです。

 

なぜ隠す必要があるのかというと、

本来の自分に自信が持てていないからだと思います。

もしも、自信のない本来の自分が表に出てしまうと

人からなんて思われるのかが怖いのだと思います。

 

そういった人に対する恐怖心から、本来の自分を守る為

変なプライドを持った自分を演じ、人から攻撃されないように守っているのです。

 

なぜ変なプライドを持つようになってしまったのか?

 

それは、過去の経験に原因があります。

 

いじめや虐待、人からの批判、失敗の体験など

本来の自分の時に経験した負の記憶が、本来の自分から自信を奪い、

そのままの自分だと生きるのが辛くなると思い、かりそめの姿になることを選択し、

自信のない自分を守る為、攻撃的な自分を演じているのだと思います。

 

人は本来の自分、ありのままの姿を表現しないと

成長する事は難しいのではないかと僕は思います。

 

かりそめの自分とは、嘘の自分です。

嘘の自分はどこまで行っても嘘のままです。

 

人としての成長の目的は、幸せになることです。

 

人は幸せを与えるために成長し、

多くの幸せを感じるために生きています。

 

嘘の自分では、本当の幸せを感じる事はできないと僕は思います。

 

偽りの自分で感じる幸せは、偽りの幸せでしかありません。

果たして偽りの幸せを感じながら一生を終えたところで、

自分の人生は、本当に幸せだったと心から思う事ができるのでしょうか。

 

それは、自分の人生が終わるその瞬間になってみないと分かりませんが

なんとなく後悔しそうな気がします。

 

では、どうすれば変なプライドを捨て、

本来の自分を取り戻すことができるのか?

 

それは、本来の自分の姿を受け入れてくれる人を見つけ

素直に自分の事を話すことです。

 

そして、偽りの自分でいる時間よりも、本来の自分でいる時間を

少しずつ増やしていきます。

そうすることで、変なプライドを持った自分を少しずつ手放すことができ

そして、本来の自分に戻ることができます。

 

本来の自分を取り戻すためには、人の力が必要です。

 

本当に変わりたいと思うなら、まずは信頼できる人を見つけることです。

 

その信頼できる人とは、

 

・自分を否定したり非難したりしない人。

・偽りの自分ではなく、本来の自分の姿を見てくれる人。

・心から尊敬できる人。

 

このような人の力を借り、

本来の自分をことを素直に話すことによって、

本来の自分が受け入れられ、そして解放されます。

 

変なプライドを持ってしまうと、人の力を借りにくくなります。

という事は、自分ひとりの力で生きていこうとするのです。

そうなると、自分が困った時や助けて欲しい時、人にお願いしにくくなります。

 

今の世の中、非常に便利になり、

ひとりで生きていくことも可能です。

 

しかし、ひとりで生きていったとしても

本当の幸せに辿り着く事は難しいように思います。

 

人の生きる目的は、幸せになるという事である以上

ひとりで生きるという選択はナンセンスです。

 

人に喜びを与え、その喜びを分かち合い

多くの人に広げていくことで、幸せの輪が広がっていきます。

この幸せの輪を広げていく人生こそが、本当の幸せなのではないかと

僕は思います。

 

変なプライドを捨てない限り、

本当の幸せを手にすることはできないと、僕は思います。